名古屋地方裁判所一宮支部 昭和60年(ワ)240号 判決 1987年1月30日
原告
堀江シマ
ほか五名
被告
坂井田修
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告堀江シマに対し金五一六万二九三九円、原告堀江兼友、同堀江章弘、同堀江蔵、同堀江育雄、同堀江友雄に対し各金一〇三万二五八七円及びこれらに対する昭和五九年一二月二九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 昭和五九年一二月二八日午後六時五分ころ、被告が普通貨物自動車(岐四四た九二八三、以下「被告車」という。)を運転して、岐阜市中鶉七丁目七三番地先道路を北進中、進路前方の交差点を東から西へ進行中の訴外堀江義則(以下「義則」という。)運転のリヤカーを引いた足踏式自転車のリヤカー後部に被告車が衝突し、その結果義則が死亡した(以下「本件事故」という。)。
2 被告は被告車の保有者として、これを自己のため運行の用に供する者である。なお、本件事故は被告の前方不注視という一方的過失により発生した。
3 損害 左記合計二七九一万五八七八円
(一) 逸失利益
義則は、本件事故当時七一歳の健康な男子で、農業等を営んでいたもので、今後五年間は同様の収入を得ることが可能であつたものであるから、昭和五九年度の平均賃金に従いその三割を生活費として控除して計算すると、逸失利益は別紙(算式)記載のとおり八七六万七五八一円となる。
(二) 葬儀費用 一一四万八二九七円
(三) 慰謝料 一八〇〇万円
4 義則の相続人は、その妻である原告堀江シマと、右両名間の子であるその余の原告五名であり、原告らは義則の損害賠償請求権を法定相続分に従い、原告シマが二分の一、その余の原告らが各一〇分の一ずつ相続した。
5 損益相殺
原告らは、本件事故により、自賠責保険金として合計一七五九万円の支払を受け、これを前項の法定相続分に従い損害の補填に充てた。
6 よつて、原告らは、自動車損害賠償保障法三条に基づき被告に対し、請求の趣旨記載のとおり、損益相殺後の損害金と、これに対する本件事故後の日である昭和五九年一二月二九日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2のうち、被告が被告車の保有者であることは認めるが、その余の事実は否認する。
3 同3のうち、(一)の義則が七一歳の男子であることは認めるが、その余の事実はすべて知らない。
4 同4の事実は知らない。
5 同5のうち、原告らがその主張の自賠責保険金の支払を受けたことは認めるが、その余の事実は知らない。
三 抗弁
本件事故には次のような事情が存するので、義則の損害から少なくとも七割を過失相殺すべきである。
1 本件事故の現場交差点は交通整理が行われておらず、しかも義則が進行する道路は幅員がわずか約三・八メートルであつたのに対し、被告が進行する道路は車道部分の幅員が一七・四メートル、片側各二車線の幹線道路で、義則が進行する道路の幅員より明らかに広いものであつたから、義則は被告車の進行を妨害してはならない注意義務があるのに、これに違反し、しかも自転車にリヤカーを引かせた状態で、日没後の、人家等の明かりもなく暗闇の現場交差点を、無灯火のまま運転横断した。
2 被告は、当時小雨が降り始めかつ対向車があつたため、ワイパーを作動させ前照灯を下向きにして、前方の視界が相当制限された状態で、制限速度内の時速約四五キロメートルで走行中、現場交差点にさしかかつたが、同交差点の南東角(被告の進路右前方)には西濃信用金庫鶉支店の建物があつて右方道路への見とおしが不良のところ、その建物の影から義則が無灯火のまま交差点内に進入して来たのであるから、被告が前方約一二・八メートルの地点に至つて初めて義則を発見したことはやむをえないものというべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実はいずれも争う。
第三証拠
本件記録中の各書証目録、証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。
理由
一 請求原因1記載のとおりの本件事故が発生したことは当事者間に争いがない。
二 また、被告が被告車の保有者であることは当事者間に争いがなく、他に特段の主張立証もないから、被告は本件事故当時被告車の運行供用者であつたと認められ、従つて、被告は自賠法三条に基づき義則に対し、本件事故による損害賠償の責を負う立場にあるというべきである。
三 次に、過失相殺の抗弁について判断する。
前記第一項記載の争いのない事実と、成立に争いのない乙第一号証の三、同号証の六ないし八、同号証の一五並びに原告堀江兼友及び被告各本人尋問の結果を総合すると、本件事故当時、義則は、幅員約三・八メートルの道路を西進し、幅員約一三・六メートル、片側各二車線の県道との、交通整理の行われていない交差点を、リヤカーを引いた自転車を運転したまま、無灯火の状態で、直進横断していたこと、右県道は南北の直線道路であつたが、現場交差点付近は照明等の明かりはなく、日没後で折から小雨の天候であつたことから、ほとんど暗闇に近い状態であつたこと、被告は、右県道を、被告車の前照灯を下向きに点燈し、フロントガラスのワイパーを作動させた状態で、時速約四五キロメートルで北進中、前方約一二・八メートルの自己の進行車線付近上に、義則が自転車を運転して横断中であるのを発見し、直ちに急制動の措置を講じたものの及ばず、被告車の前部を前記リヤカーの左後部へ衝突させ、その衝撃により義則を路上に転倒させて同人を死亡させたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右の事実によれば、義則には、広路優先道路を進行中の被告車が接近中であることを認識しうる状態でありながら、その進路を塞ぐ形で、リヤカーを引いた自転車を無灯火のまま運転して横断進行した過失が存し、右過失と被告の前方注視義務違反とが競合して、本件事故が引き起こされたというべきである。
そこで、右過失の程度・態様に、義則が七一歳の老人であつたこと(この事実は当事者間に争いがない。)その他前示の一切の事情を総合考慮すると、右事故を引き起こすについての被害者義則の過失の割合は、少なく見積つても四〇パーセントを下るものではないと評価するのが相当である。
四 ところで、原告らが義則の相続人として(この事実は原告堀江兼友本人尋問の結果によつて認められる。)自賠責保険から一七五九万円の支払を受けたことは当事者間に争いがないところ、本件においては、次に述べる理由から、義則の損害を前示の過失割合により相殺して被告の負担すべき損害を算出すると、被告の負担すべき損害金額は前記の既払保険金額に満たないことになるから、被告の負担すべき損害金は既に右保険金の支払によつて完済となつたものというべきである。
すなわち、原告らは本件事故による義則の損害が合計二七九一万五八七八円であると主張しているところ、仮にこれが全額認められるとしても(慰謝料はその主張の一八〇〇万円を上回るものではないと認めるのが相当である。)、前示のとおり四割の過失相殺をすれば被告の負担すべき損害額は、既払保険金の額である一七五九万円より少ない一六七四万九五二六円となることが計算上明らかである。
従つて、義則の蒙つた損害額につき証拠により実際に判断するまでもなく、原告らの請求は理由がないといわざるをえない。
五 よつて、原告らの請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 畑中芳子)
(算式)
(200,400円×12月+465,300)59年度平均賃金×(1-0.3)生活費控除×4.3645年のホフマン係数=8,767,581円